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第10位:徳川家定

画像は「イラストAC」より

 第10位は「徳川家定」。得票数は21票、得票率は1.7%です。

 家定は13代将軍。黒船来航の直後に将軍に就任しました。菓子やふかし芋などを作るのが趣味で「イモ公方」と呼んだ人も。病弱で、子もできなかったので早期から後継問題が起こりました。正室と2度死別した後、「篤姫」として有名な後の天璋院を正室に迎えました。

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第8位:徳川家宣

 第8位は同率順位で2人の将軍がランクイン。うち1人は「徳川家宣」でした。得票数は25票、得票率は2.0%です。

 6代将軍・家宣は家光の孫です。叔父の綱吉とともに5代将軍の候補でしたが、5代将軍には綱吉が就任。綱吉にも跡継ぎとなる男子がなかったため、後に綱吉の養子となり、将軍職を継ぎました。「生類憐みの令」は一部を残して廃止しましたが、綱吉時代の文治政治は推進。学者の新井白石らを登用しました。また、家宣は慈悲深い人物としても知られています。

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第8位:徳川家斉

 第8位のもう1人は「徳川家斉」でした。

 家斉は11代将軍。一橋家から10代将軍家治の養子に入りました。将軍に就任すると田沼意次を解任。新たに老中首座に任命された松平定信が「寛政の改革」と呼ばれる政策を主導しました。家斉は多数の妻妾を抱え、男子26人・女子27人をもうけました。また、征夷大将軍の在任期間は1787年~1837年の50年間におよびます。

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第7位:徳川綱吉

 第7位は「徳川綱吉」。得票数は40票、得票率は3.3%です。

 5代将軍綱吉は「生類憐みの令」が有名ですね。4代将軍の兄・家綱を継いで将軍に就任。儒学を重視する文治政治を進め、治世前半は善政と称えられています。しかし、後半はだんだん極端になってしまったようです。

 コメント欄では「文治政治に転換した綱吉はもっと評価されて良いと思う」という意見がありました。

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第6位:徳川家光

 第6位は「徳川家光」。得票数は67票、得票率は5.5%です。

 家光は3代将軍。就任当初は父・秀忠が大御所として実権を握っており、秀忠の死後、改革を進めました。幕府の諸役職の確立、参勤交代の義務付け、いわゆる「鎖国」の完成などを家光が行っており、江戸幕府を完成させたと言ってもよいでしょう。

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